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オリックス 東明大貴【高校時代に初戦突破したことがない!?】

今回のオリックスバファローズ、選手紹介は【東明大貴】選手です。※以下、敬称略

 

オリックスファンになりたての方に向けて書いていますが、オリックスファン歴が長いぜという方にも「意外な発見」があったら良いなという想いも持って記事を作りました。

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オリックス 東明大貴【高校時代に初戦突破したことがない!?】

基本情報

生年月日:1989年6月15日

出身地:岐阜県岐阜市

身長・体重: 178cm 77kg

投球・打席:右投右打

ポジション:投手

2013年ドラフト2位でオリックスバファローズ入団。

出典元Youtube パーソル・パ・リーグTV公式 緩急自在!! バファローズ・東明が強力打線を抑え込む より引用

 

プロ入り前

東明大貴選手がプロ野球選手になるまでを振り返ります。

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ほとんど勝てなかった小学生時代

小学生時代には地元の厚見スポーツ少年団に所属しました。

しかし、チームは6年間で3回しか勝てませんでした。

 

厚見中学時代で軟式野球部に所属し、卒業後は富田高校へ進学しました。

一年の秋からエースになりましたが、高校時代3年間通じて地方大会で一度も初戦突破出来ませんでした。

 

後にドラフト2位でプロ野球選手になる人が、子供の頃これだけ勝てていなかったことに驚きました。

 

急成長を見せた大学時代

一般入試で桐蔭横浜大学へ進学しました。

神奈川大学野球のリーグ戦に一年の春から登板しました。

 

球速を平均10キロ伸ばす急成長を見せ、一年秋には主戦として3位躍進を果たしました。

10試合(68.2イニング)の登板で防御率2.10(6位)、4勝の活躍でベストプレーヤー賞を獲得しました。

 

以降、大黒柱として4年間で通算46試合で先発を務め、30勝を挙げる活躍で3度のリーグVに導きました。

3年春・4年秋・・・MVP

3年春・・・最優秀投手賞

4度のベストナイン

(現巨人)菅野智之との投げ合い勝ちを納めるなどプロスカウトから注目される存在になりました。プロ志望届を提出しましたがドラフト指名はされませんでした。

 

富士重工業時代

富士重工入社後は1年目春から公式戦に出場。

 

先発だけでなく抑えとしても登板することがありました。

大学時代は147キロが最速でしたが大学時代には153キロを計測するまでになりました。

 

都市対抗野球本大会にチームが出場できなかった時は日立製作所の補強選手として本大会に参加しました。大学時代でも急成長でしたが、社会人時代も急成長した時期がありました。

 

2013年ドラフト2位でオリックスバファローズに入団しました。

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ドラフト指名の直後には富士重工業の投手として社会人野球日本選手権大会に出場。JR九州との1回戦と三菱重工広島との準決勝で完封勝ちを納めました。

 

チームとしては0-1というスコアで惜敗しましたが「かずさマジック」との決勝でも救援登板で無失点に抑えました。

大会通じて20回2/3を無失点で投げ切りました。

 

プロ入り後

ここからは東明大貴のプロ1年目(2014年)から振り返ります。

 

開幕戦でプロデビューを果たすが・・・

一年目(2014年)は同期の吉田一将・大山と共に春季キャンプから一軍に帯同しました。オープン戦でも好投を続けたことでリリーフとして大山と共に開幕を一軍で迎えました。

 

オリックスで複数の新人投手が開幕一軍入りを果たしたのは2004年以来10年振りでした。

 

そして迎えた開幕戦の日本ハム戦で同点の12回裏に7番手投手としてプロデビューを果たしました。

しかし、満塁のピンチを招くと小谷野栄一にサヨナラ安打を許し負け投手となりました。

 

チームは2年連続開幕戦でサヨナラ負け(2リーグ分立後のNPBでは史上初)を喫しました。

 

プロ入り5試合目の登板となった4月17日の日ハム戦(ほっともっと神戸)では4回表から6回表までのリリーフでプロ入り初勝利を挙げました。

 

ちなみに、この日は「又吉克樹(中日)」「豊田拓矢(西武)」もプロ初勝利を挙げています。NPBの一軍公式戦で3人の新人投手が同じ日に初勝利を挙げたのは59年振りでした。

 

5月下旬から先発として登板することになりました。

6月7日の阪神戦で人生初登板となる甲子園で先発初勝利を挙げました。

8月に先発登板3試合で3勝を挙げるなどしてシーズンとしては同期の吉田一将と同じ5勝を挙げました。

 

二桁勝利を挙げた翌年・・・

2015年は前半戦、体調不良の影響もあり3勝に留まりましたが、8月中旬から4連勝。9月9日の西武戦でプロ入り初の10勝目を初完投・初完封で決めました。

シーズン通算では10勝8敗 防御率3.35という成績でした。

 

飛躍を期待された2016年は開幕からローテーションに入りましたが「四球から失点を招く」というパターンで勝てず前半戦だけで7敗を喫してしまいました。

 

中継ぎ転向や2軍降格などもありました。

先発に復帰したこともありますが「四球から失点を招く」パターンを脱却できませんでした。

 

福良監督から再三「負ける投手の典型」と苦言を呈されました。

シーズン初登板で上げた1勝のあとは10連敗でシーズン終了しました。

シーズンオフの11月8日に右肘関節のクリーニング手術を受けました。

 

密かにかなり期待した2019年

2017年は3試合に登板したのみで勝敗はつきませんでした。

8月25日に再び右ひじのクリーニング手術を受けました。その後はリハビリに専念しました。

 

2018年はシーズン中盤まで2軍調整

シーズン後半には1軍での先発機会を与えられました。

9月12日の西武戦(ほっともっと神戸)で2年半ぶりの白星を挙げました。

 

その後も勝ちには恵まれませんでしたが、好投を続けていました。

2018年は防御率2.27という成績でした。

 

そして2019年オープン戦でも好投を続け開幕ローテーション入りをしました。

手術後は完全に「軟投派」という投球スタイルに変身していました。前年後半に見せた投球もあり「密かに期待している投手」としてかなり期待していました。

 

ですが、4月下旬の時点で1勝。その後は2軍での登板が続きシーズンを通して1勝のみの成績でした。

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人柄

ここからは野球の成績面以外にも目を向けていきます。

 

勝ちを知らない選手だった

今回の記事を書くにあたり一番驚いたのが小学校時代は3勝のみ、高校時代は初戦突破をしたことがないという「これ以上ない実績の無さ」でした。

 

大学も一般入試ですし「勝ちを知らない」選手でした。

よくその状況で野球を辞めずに続けることが出来たなと思いました。

 

もし○○だったら・・・

2020年の選手名鑑にコメントがありますが

一日入れ替わるならイケメンの小田。「手当たり次第にナンパします」ということです。

例え入れ替わっても手当たり次第にナンパしなさそうな雰囲気ですが・・・

 

まとめ

今回は、高校までほとんど勝ちを知らなかった選手がドラフト2位指名される。というアニメぐらいでしか聞かないようなストーリーを持っているオリックスの東明大貴投手の紹介記事を書きました。

 

2019年、誰にも言っていませんが「密かに期待」していました。

しかし、結果を残すことが出来ませんでした。

 

「温厚」という人柄が隠し切れないほど溢れていますが、勝負の世界で結果を残してほしいと思います。

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一番センター駿太
読書が好きなオリックスファンです。 このブログでは僕が読んでよかった本の紹介や、オリックスバファローズの情報を公開していこうと思っています。