今回のオリックスバファローズ、選手紹介は【齋藤綱記】選手です。※以下、敬称略
オリックスファンになりたての方に向けて書いていますが、オリックスファン歴が長いぜという方にも「意外な発見」があったら良いなという想いも持って記事を作りました。




オリックス 齋藤綱記【1軍で出番が増えそうな左サイドスロー】
生年月日:1996年12月18日
出身地:北海道札幌市
身長・体重: 182cm 89kg
投球・打席:左投左打
ポジション:投手
2014年ドラフト5位でオリックスバファローズ入団。
出典元Youtube BsTV-オリックス・バファローズ公式 2014ドラフト総括 5巡目指名 齋藤綱記選手! より引用
プロ入り前
齋藤綱記選手がプロ野球選手になるまでを振り返ります。



小学校3年から野球を始める
新光小学校3年生の時に野球を始め、当時から投手をしていました。
光陽中学では軟式野球部に所属しました。
北照高校時代
1年秋から背番号18でベンチ入りをしました。
エース大串に次ぐ4試合12.2イニングに登板し、リリーフとして明治神宮野球大会で神宮のマウンドを2イニング経験しました。無失点に抑えました。
2年春の時チームはセンバツ甲子園に出場しましたが、登板機会はありませんでした。チームはベスト8まで勝ち進みました。
2年夏に3年ぶりの南北海道大会優勝をし甲子園に出場しました。
甲子園では、初戦の常総学院戦にリリーフで登板。7回から2イニングを無失点に抑えました。
2年秋からエース・主将という役割を任されました。しかし、肩痛を患い全道大会での登板は無く初戦敗退しています。
3年春には山田宏夢との2枚看板で勝ち上がり、制球が乱れる場面もありましたが9年ぶりに全道優勝を果たしました。
3年夏の地方大会では7回に7失点するなど計9失点でコールド負けをしました。
大学への進学や社会人野球チームへの入部を勧められましたが、高校から直接プロ野球入りを望んだためオファーを全てを固辞したうえでプロ志望届を提出しました。
高校の1学年上にはオリックスに入団した吉田雄人がいました。
2014年ドラフト5位でオリックスバファローズに入団しました。



この年は済美高校の安楽が注目を集めました。
しかし、プロが欲しがる条件とされている「年々、力をつけている」という条件を満たしており注目されていました。
プロ入り後
ここからは齋藤綱記のプロ1年目(2015年)から振り返ります。
一軍デビューは2年目
1年目(2015年)はウエスタンリーグ公式戦8試合に登板。10イニング0勝3敗、防御率14.40でした。
2016年はウエスタンリーグ開幕戦に先発。
20試合の登板で3勝7敗、1完投、防御率5.25でした。
一方で9月8日にプロ入り後初めて出場選手登録されました。
12日の楽天戦で4点ビハインドの2回裏に2番手でプロ入り初登板をしました。
4イニングを投げましたが
被安打6、被本塁打2、奪三振2、四球2、4失点と奮いませんでした。
一軍登板は1試合のみでシーズンオフにはアジアウインターベースボールリーグに出場しました。
サイドスローへフォーム変更
2017年はシーズン中に背中や腰を痛めた影響で一軍での登板はありませんでした。
ウエスタンリーグでは10試合で2勝3敗、防御率5.12でした。
シーズン終了後の秋季キャンプからオーバースローからサイドスローに変更しました。
サイドスローへ変更した2018・19年の二軍での成績は格段に良くなっています。
2018年・・・40試合 2勝1敗 防御率1.34
2019年・・・33試合 3勝1敗 防御率1.09
一軍ではまだ結果を残せていません。
公式ガイドブックなどのコメントにあるような「ストライク先行」の投球を心がけて活躍を期待です。



人柄
ここからは野球の成績面以外にも目を向けていきます。
入寮の時に・・・
新人時代の入寮の時、ファンに自身の名前を早く覚えてもらうために「高校時代の友人にもらった」という「クマタン」(クマのキャラクター)のぬいぐるみを持参しました。
まとめ
今回は、左サイドスローにフォームを替えてから2軍では抜群の成績を残しているオリックスバファローズの齋藤綱記選手の紹介記事を書きました。
数少ないですが、2軍の試合で登板している齋藤綱記投手を見る限り左打者のみならず右打者でも充分打ちにくそうに見えました。
2軍ではもう(数字上)敵なしという感じなので2020年以降、1軍でどれだけ戦えるのか楽しみに見たいと思います。
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