今回のオリックスバファローズ、選手紹介は【阿部翔太】選手です。※以下、敬称略
オリックスファンになりたての方に向けて書いていますが、オリックスファン歴が長いぜという方にも「意外な発見」があったら良いなという想いも持って記事を作りました。




オリックス 阿部翔太【実家は京セラドームから徒歩10分のおじさんルーキー】
生年月日:1992年11月3日
出身地:大阪府大阪市
身長・体重: 178cm 80kg
投球・打席:右投左打
ポジション:投手
2020年ドラフト6位でオリックスバファローズ入団。
出典元Youtube BsTV-オリックス・バファローズ公式 B中川 3安打猛打賞で『今季101安打』 より引用
プロ入り前
阿部翔太選手がプロ野球選手になるまでを振り返ります。



中学まで
京セラドーム大阪から徒歩10分の所に実家があります。
中泉尾小学時代から軟式野球を始め、大正東中学では大正シニアに所属していました。
酒田南高校時代
酒田南高校に進学後は1年秋から捕手としてベンチ入りをしました。
2年夏の大会で優勝し、山形大会2年連続優勝となりました。
この夏の大会では「7番キャッチャー」として出場し、5試合で打率.467を記録しました。
その後の甲子園では1回戦でファーストへのタイムリー内野安打を記録しています。
(チームはベスト8で敗退)
高校2年の秋から投手に転向しました。
3年夏の県大会ではベスト8で敗退しましたが、3試合に出場。(先発・リリーフ)
20イニング、4失点。東海大山形戦では10奪三振完封勝利をしています。
成美大学時代
成美大学に進学後は1年春からリーグ戦に出場。
リリーフが主な役割で11試合、37.2イニング、防御率2.87、2勝1敗で新人賞を獲得しました。
2年秋から先発を務めるようになり、3度目の先発となった佛大戦で1安打完封で先発初勝利を収めました。しかし、その後ヒジを痛め1年間登板はありませんでした。
3年時の9月28日に復帰しました。
4年春の京教大戦で7回無失点に抑え勝ち、中日などプロ7球団から注目されるようになりました。
日本生命時代
日本生命に進んだ1年目に右肩痛を発症。
2年目秋の日本選手権で全国デビューを果たしました。
3年目の都市対抗予選の広畑戦で10イニング12奪三振1失点で完投勝利を記録。
同じ年の秋の選手権で5試合中2試合に登板、9.2イニングを無失点で準優勝に貢献しました。
2020年ドラフト6位でオリックスバファローズに入団しました。



人柄
ここからは野球の成績面以外にも目を向けていきます。
京セラドームから徒歩10分
大阪の大正区の生まれで、京セラドーム大阪までは徒歩10分くらいでいけるそうです。
「いろんな経験をして、おっさになって大正に戻ってきました」と会見で語っていました。
3歳の娘と奥様も会見に出席していたようです。
担当のスカウトの下山真二さんも「おっさんルーキー」だったようで「彼(阿部)が活躍することで、プロを諦めた選手が‘俺もやれる’とアマチュアのレベルアップにつながる」と話していました。
まとめ
今回は、2020年ドラフト6位でオリックスバファローズに入団した阿部翔太選手の紹介記事を書きました。
Youtubeに動画があがってましたが、阿部選手のフォークは「ナックルフォーク」と呼ばれるような、揺れながら落ちるようです。
オリックスはドラフトで12名を指名しました(育成含む)がそのうち7名が高卒でした。その中で28歳のおっさんルーキーです。「同じ成績なら若い方が使われる」と自らも語っているようにあまり時間が残されていない状況です。
阿部選手が活躍することで、周りに与える影響力が強いように思われます。
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